白昼夢中遊行症

断想

本を読むには、それを読んでいるあいだ、その他のことをすっかり諦めなければならない。文章を書くには、それを書いているあいだ、その他のことをすっかり諦めなければならない。夜眠るには、その夜になしうる他のあらゆることをすっかり諦めなければならない。生きるには何かをしなければならないが、何かをするには、その他のことを断念しなければならない。逆に、いかなることをも断念できないならば、いかなることもなしえない。したがって、生きることもままならない。

生きることにおいて肝要なのは、あらゆるものを断念する覚悟である。私たちは眠らなければならない。眠りのためには、その他のあらゆることを断念し、眠ることに努めなければならない。他方で、私たちは眠りから覚めなければならない。他のあらゆることを断念してなしえた眠りもまた、目覚めのために断念しなければならない。

人生とは選択の連続だというけれど、それと同じくらい、何かを選ぶということは何かを諦めることだともいわれている。人生のすべてはこうした断念によって満たされている。それだけではなく、その始まりも終わりも、何かを諦めることによってなされる。非存在への断念からはじまり、存在の断念に終わる。これが生まれ、死ぬということだ。

何かを諦めることのできない人間というのはひとつの悲劇である。本を読むためにものを書くことを諦められず、ものを書くために眠ることを諦められず、眠るために本を読むことを諦められず……、しかし、そうして何かを断念することに二の足を踏んだ結果、何もすることができない。何もなされずに終わっていく人生。それも、自分でそれを選んだのではなく……