白昼夢中遊行症

成人式の記憶

成人式っていったい何だったんだ? おれはいまだに分からない。いまの自分の年齢があまりよく分からないが、おれは何年か前に成人式に行った。おれは行きたくなかったが、親が行けと言うので行くことになった。おれの親はどちらも成人式に行かなかったし、おれの姉も成人式に行かなかった。おれの家族は誰も、成人式を知らなかった。なので、成人式がどのようなものなのか、気になるのでおまえが行ってこい、とのことだった。おれは心底行きたくなかったのだが、当時のおれはまだ、親に逆らうことはいけないことだと信じていた。たとえ自分の意に沿わないにしても、親のいうとおりにしなければいけないと思い込んでいた。

おれは大学の授業開始日の前日まで地元に残ることになった。月曜日に成人式に出て、その足で高速バスに乗って大学のある地方へ帰ることになった。おれ自身の中にまったくその気が見出されないような用事のために実家に余計に留まるのは、まったく気の進まないことだった。

成人式の会場の前に、式の始まる少し前の時間に到着する。会場となる市の勧業館の前には、すでにぞろぞろと人が集まっていた。というかそこまでの道のりですでに、同じような出で立ちの人にいろいろ出くわした。知り合いには出会わなかった。何千人もの「新成人」なる人が集まる成人式だったので、当然と言っちゃ当然かもしれない。とはいえ、会場前には知り合い同士らしき人が群れていたりしていた。彼らはこの人混みの中でどうやって自分の群れの仲間を見つけるのだろうか。彼らには、おれには備わっていない第六感みたいなものがあるのかもしれない。

で、記憶は曖昧なのだが、開場して、おれたち「新成人」は会場の中へ入っていく。道中で、小学生らしき人に、持っていた招待状代わりのはがきを渡した覚えがある。その代わりに何か受け取った覚えもある。もちろん、記憶違いだという線も濃厚である。そうして、椅子が並んでいるだだっ広い空間にたどり着き、椅子に座る。けっこうな時間を待たされて、式が始まる。

式がどんなだったか、覚えていない。おそらく自分と同じ年齢らしいこと以外、そいつのことについてまったく知らない「新成人代表」なる人が、男と女ひとりずつ、何やらスピーチらしきものをしていた。市長だか知事だかが、何やらありがたい話をしていた。どこかの大学の創作ダンスチームか何かが、創作ダンスか何かを踊っていた。そんなこんなで式が終わる。

式が終わると、収容されている人数に対して出口が小さすぎる関係から、適当なまとまりごとに席を立つように言われる。まるで中学校やら高校でやっていた全校集会みたいだ。

会場を出て、道なりに進むと、白い空間に出る。そこにはいくつか柱が立っていて、その柱が出身中学校ごとに集まることのできる目印になっている。おれはいちおう、自分の出た中学校のところに行く。何人かいる。向こうはおれに気づくと、声をかけてくる。誰だっけか。おれは相手のことを覚えていない。相手も、おれのことを誰だか知らないで、話をしているんじゃないか、と思いながら、少し話をする。少しの話が終わったので、おれはさっさと会場を出る。外は雨が降っていた。あるいは雪が降っていた。

昼飯を食う時間はあるだろうと見積もっていたのだが、時間がなかったので、最寄り駅から電車に乗って市の中心駅まで行くと、そのまま高速バス乗り場まで直行して、高速バスに乗って地元をあとにした。

正直言って、おれには成人式が何だったのか分からない。これが何かの思い出になるのかも分からない。「新成人代表」の言葉も、市長の言葉も、創作ダンスも、いまのおれにはそうした出来事があったということしか思い出されない。人が集まることがよしとされない今のこのご時世で、無理してやるようなものだとも思われない。群れるのが好きな人間はこんなものがなくても勝手に群れればいいし、それができるはずである。わざわざ7,000超える数の人間を一つの空間の中に収容する必要なんてないだろう。

おれは親に、成人式がどのようなものなのか気になるので行ってこいと言われた。なのでおれは親に、あなたたちがそう言うので行ったけど、なんか広い空間に集められて話を聞くだけだったよ、と後ほど報告することになる。彼らは興味なさげに聞いていた。おれは何のためにあんなものに行ったのか分からない。

成人式、何が思い出になるんだろう。振り袖とか袴とか、そういうのを身につけるのが思い出になるのか? しかし、振り袖も袴も、別に成人式でなくても身につけることができるだろう。それこそ、正月とか。正月の何がめでたいのかも分からんが。

それに、何がなくとも着たけりゃ着ればいい。何かイベントごとに託けて普段着ない服を着るのと、普段着ない服を着ることによってその日を特別な日にするのと、いったいどこが違うというのか。おまえが特別だと思う日が特別だ。

成人式をきっかけにして、旧交を温めることが思い出になるのか? 暖めるべき旧交がある奴らは、成人式がなくとも、旧交を温めることができるだろう。おれには暖めるべき旧交がなかったし、あったとしてもその時間がなかった。なにしろ翌日から授業があったんだから。

いったいおれにとって成人式って何だったのか? いまだに分からない。何ひとつ、おれには分からない。

今週のお題「大人になったなと感じるとき」