白昼夢中遊行症

ある夏のはじめに

眠れない夜が明けて、ようやく回ってきた酒でぼんやりした頭に、ジリジリと耳障りなあの声が届いた。

今年はじめての蝉の声を聞いた。もしかしたら寝ていて気がつかなかっただけで、すでに蝉が鳴き出す時期になっていたのかもしれない。だが、そんなことどうだっていい。

なんだ、もうこんな季節になってしまったのか。おれの嫌いな夏がやって来たのか。暑くて外に出られない夏。汗びっしょりでうっとおしい夏。カビ臭くてうるさいエアコンの風を受けて、腹を壊す夏。世間では海だ山だと騒いで、どうせまたどこかの馬鹿が馬鹿なことをしでかして、人様に迷惑をかけるんだ。どうせおれは他人の目を恐れて部屋に引きこもるんだ。

夏休み。これがあるから、ただ暑いだけのくせして、でかい顔しやがるんだ。おれは何年も前から積み重なった夏休みの宿題を手放せないまま、ずっと抱えて生きていた。そして今年もまた、解くことのできない難題を突きつけられて、とりあえずその問いかけだけを大事に持ち帰るのだ。そしてそのよくわからない問いを、何度も反芻するのだ。おれの嫌いな夏。夏休みなんて無い方がよかった。おれの経験した夏に、友達と楽しく遊んで過ごしたなんて日はなかった。

思い返せば、約束がないと自分から遊びに出かけない子供だった。だから夏休みの前の日には、誰でもいいから、いついつ遊ぼうと声を掛けられるのを期待して、でも結局、約束なんて取り付けられずに、明日から永遠に続く孤独の訪れに怯えるしかなかった。おれは自分一人じゃあ何にもできない、しようとしない、そんな子供だった。そんな子供だったから、今のおれは、大学生活という、人生の夏休みとも比喩されるこの期間に、ただ棒立ちになるばかりであった。かつて身長が高いからといって木偶の坊と馬鹿にされたおれが、皮肉なことに、本当に木偶の坊になってしまったのだ。

夏休みが過ぎて、手元には思い出なんて一つも残らず、そこには空虚で埋め尽くされた一行日記だけが無造作に置かれていた。