白昼夢中遊行症

ad libitum (about farewell)

仕事先の人に、長いこと言葉を交わしていないのがいたので、久しぶりに話しかけてみたのだが、偶然にもその人は今日でこの仕事を辞めるということだった。

おれはそれを聞いて、頭が真っ白になった。「えー」と気のない返事をして、これ以上会話を続けることができなかった。おれはもう、バカみたいに頭の中真っ白で、気づいたら家路についていた。

今日で最後なのであれば、ひとこと労ったりするべきだった。次のところでも元気でやれよ、とでも言ってやるべきだった。

おれはちゃんと人と別れたことがないので、こういうとき、どうすればいいのかわからない。わからないから毎度不格好なものになったり、後腐れのあるものになったりしてしまう。

その人としょっちゅう話していたわけでもないし、その人について知っていることもあまりない。だけど、1年半くらいは同じ仕事をしていたし、その仕事というのが、なかなかの大仕事だったので、なんと言えばいいのだろう、愛着というのか、同情とは違うか、友情というか、仲間意識というか、そういったものはあったと思う。

……いや、どうなのだろうか。それはおれが勝手にそう思っていただけかもしれない。おれはあんまりよい人間ではないと思う。思い切って今日が最後の出勤日だと告げたのに、気のない返事だけしてスタスタと歩き去っていくような奴だおれは。おれはやはり、うまく別れることができないのだ。

別れといえば、死別もそうだ。夏のはじめ、いや、夏の盛りか。祖母が死んだ。流行病の影響もあって、長いこと会っていなかった。そして自分自身に手一杯で近況も聞いていなかったので、唐突だった。その死は悲しむべきもののはずだったのだが、おれは十分に悲しんだとはいえない。どこかで受け入れられていないというか、いやそうじゃない。死んだという事実は紛れもなく受け入れている。そうではなく、なんというか、他人事のようというか、儀式のときも故人のことではなく、自分のことばかり考えていた。だから、おれはちゃんと悲しんでいたとはいえない。おれはおれのことばかり。

おれには別れがわからないのかもしれない。それがどうしようもなく悲しいものであるということはわかる。だけど、その悲しみかたがわからない。悲しみかたがわからないからといって、前向きでいられるわけでもなく、どうしようもなく中途半端な気持ちになる。これがなんなのか、おれにはよくわからない。