白昼夢中遊行症

断想

曇り空の毎日のなかで、たまにあらわれる晴れ間は、はやくも春の到来を告げていた。今日はまさに散歩日和の暖かさで、ぼくはひさしぶりに外をまともに歩いた。散歩といっても、目的なくぶらつく、ということがどうしてか苦手で、いつもいつの間にかどこかの書店を目指している。

今日も同じようにして、徒歩圏内で一番大きい書店へ向かって歩いていた。なぜいつも書店に行くのかといえば、ぼくは書店が好きだからで、書店のどこが好きかといえば、照明の加減だったり、静かな店内に小さく流れるクラシックの音だったり、あとは図書館とちがって、新品の本の匂いがするところだ。図書館の本の匂いというのは古本の匂いとも違い、あまり好きになれない匂いだ。だからぼくはよく図書館ではなく書店に行くし、本を読むときも借りるのではなく買って読むことが多い。さらにいえば、買って読まない本はもっと多い。

そういったわけでぼくは書店でぶらついていた。しかし、今日はそこに長居しなかった。書店に行くと読みたい本が次々と目に留まり、同時に今読んでいる本のことが気になってくるのだ。

ぼくは一冊の本を読んでいる途中で、他の本が気になってしまって、同時に何冊も並行して読むことがままある。いまは10冊近く同時に読んでいる。ここまでくるとさすがにまどろっこしくなって、一冊ずつ読み終えてしまおうと思うのだが、書店にいるとさらに読みたい本が目につくことで、そこに焦りのようなものが加わる。あれも読みたい、これも読みたい。でも、今読んでいる本を先に読み終えないと。

さらに言えば、200冊近くの未読の本もまた、家のなかに積み重なっていて、これらの本もなんとかしないとなと思う。そうしていると、いてもたってもいられなくなって、書店を飛び出して、本を読むために家に帰るのだが、家に帰ったら帰ったで、さて、どの本から読もうかと思案しているうちに今日という日が終わるのだ。そんな日々の繰り返しだ。ゆっくり散歩もできないのだ。