白昼夢中遊行症

独白

「だって、踏み出せなかったんだ。いつもぼくは、踏み出せないでいるのだ。そうやって時が過ぎて、人々が過ぎていったんだ。こんなに寂しいことがあるもんか。彼は、彼女は、無二の友達になったかもしれない。……かもしれない。そうだ、ぼくが不確かでおぼつかないのは、なにごとも確かなものにしなかったから、すべてを可能性のまま、どこかに置き去りしてしまっていたからだ」

「可能性のままにしておくことは、そんなに悪いことではない。そうすれば、傷つかないで生きていける。傷つかない……のだろうか。だとしたら、この痛みはなんだろう。傷ではないとしたら、何が痛むのか。後悔の念が、ぼく自身を傷つけて、それが痛むのではないか。誰かに傷つけられない代わりに、自分自身で傷をつけるのだとしたら、傷つかない、なんてのは嘘だ。いや、後悔しなければ自分自身を傷つける理由もないんじゃないか。でも、後悔しないなんて、そんなこと、できっこない。かもしれなかった、で終わるのは本当は嫌なのだ」

「ぼくはまだ、その残像を見ている。ずっと、ずっと、じっと見ている。その残像だけではない。ぼくの前を過ぎていった、ありとあらゆるものを、ぼくはまだ見つめている。そこにはもう、何もない、のだろうか。いや、でも、何かが見える、気がするのだ。何も見えなくても、気のせいでも、それはぼくにとって……」

「何だったんだろうか。あれはいったい、何だったんだろう。もうどこにもないものだ。誰にとっても、なにものでもない」

「そもそも、あれとは何だ? なにかを指示しているわけではない指示詞。そういうものが、ぼくの言葉にはしばしば出てくる。でも、ここでいうあれは、もうどこにもないようだ」

「つまるところ、あれというのはぼくの目の前を通り過ぎていったものたちだ。それらはいったい、ぼくにとってなんだったのだろうか」

「それらを景色と呼ぶのはあまりに寂しい。けれど留めておくことはできない。愛したかもしれない人たち」

「ぼくの周りには、誰もいない」

「誰もいないけれど、ぼくの目にはその姿が、ぼくの耳にはその声が、ぼくの心にはその魂が焼き付いている。ぼくはそれをすこしでも長く留めておきたいと思うから、瞬きすまいと思うのだけど、やがて薄くなって消えていく。ぼくは愛していたのだろうか。