白昼夢中遊行症

書店にて

土曜日に、書店の岩波文庫の棚の前で長考していると、知らない人に話しかけられた。

本をどう選んでいいか、わからないという。なのでおれは、その手伝いをすることになった。手伝いといっても、おれには絶対にこれだといえる本を示すことはできない。だから、思いつく本をいろいろと渡しはしたものの、最後は自分で見て決めるように言った。

その人は新潮文庫の『フィッツジェラルド短編集』を買っていった。「氷の宮殿」の最初の数パラグラフに目を通して、これだ、と思ったらしい。おれは、そう思ったのなら、間違いないだろう、みたいなことを言った。でも結局、おれにはその人が納得してくれたかどうか、わからない。おれはいい案内人になれたのだろうか。それもわからない。おれは終始頼りない様子だったと思う。

その人が、その人にとって素晴らしいと思える本に出会えますように。おれはそう願うしかない。

まるで焼物の壺に金色の絵具をかけるように、太陽の光がその家全体に降りそそいでいた。あちこちでちらちらと揺れている影も、いっぱいに照り付ける光の強烈さをかえって際立たせるだけである。両隣りのバタワス家とラーキン家とは、こんもりと茂った巨木の陰に守られているというのに、このハッパー家だけは真向から日射しを浴びていて、おまけに一日中埃っぽい未舗装の道路に面していながら、いやな顔も見せないで辛抱強く我慢しているような恰好である。ここはジョージア州の最南端に位置するタールトンの町。九月のある日の昼下がりであった。

——フィッツジェラルド「氷の宮殿」(『フィッツジェラルド短編集』(野崎孝訳, 新潮文庫, 1990年) p. 8)