白昼夢中遊行症

断想

疲れた。無意味なことを、続けることに、私はもう疲れてしまった。

といって、私はほとんど何もしていない。ただ疲れてしまう。そして、この疲れが、なにか成長とかそういうものに、繋がるとは思えない。そもそもわたしは自分が成長するなどと思えない。

こうした徒労のために、さまざまなものを押さえつけることにも、意味があるとは思えない。押さえつけることをやめたからとて、何かしたいことができるわけではないけれど。そもそも、したいことなんてあるのだろうか。

とにかく、わたしはもう駄目だと思う。もう、というか、ずっとわたしは駄目なのだが。

辛いのは、つねに「何者か」で在らせようとするものどもの中に、間違って身を投じてしまったからだ。これはもう、早々にやめるべきだ。

改めて思う。わたしは何者でもありたくないと。わたしは、いかなる形であれ、演じることをしたくない。とりわけ、それによって人を騙そうということをしたくない。そうさせようとするものには一切近寄りたくない。

わたしは、一人称を用いたくない。なので本当は、こんな文章もクソだ。「わたしは」と繰り返すごとに、わたしは得体の知れないものになってゆく。「わたしは」と繰り返すごとに、わたしから自由がこぼれ落ちてゆく。「わたしは」と繰り返すごとに、わたしからわたしが切り落とされてゆく。

私はいつも世界のものなのに、まるで私のものであるかのように、私を思い通りにしようとする。私に複雑な意味を背負わせようとする。私の頭の中に、いくつもの命令が飛び交い、私はそれに従おうとするのに忙しくて、世界に対して無関心を貫いた。