白昼夢中遊行症

Gå.

そういや、最近歩いていない。
最低限しか歩いていない。おれには、もっと不要な歩きが必要なのだが、あんまり歩く機会もないのよな。機会というか、時間というか。

ふらふらと歩きたい。街を、川辺を、外れを、自社仏閣を、山道を、公園を、廃線になった線路を、トンネルを、塀の上を、植え込みを抜けて。世界全体で見れば非常に小さい範囲であっても、歩けば世界がすべて地続きであることがわかる。県境とか国境とか、条例とか法律とか、道徳とか社会とか、そんなものがまったくくだらないものだということがわかる。

だから、歩こう。社会からのけものにされたとしても、世界はおれの仲間だ。世界は社会なんかよりもずっと懐が深い。そして、おれたちが本来属するべきなのは世界のほうだ。そのはずだ。誰だっけか、「世界民の愉悦と悲哀」なんていう文章を書いた人がいたっけな。なんも内容、覚えてないけど。ただ、そうだ、おれは世界の民だ。国の民である以前に。都道府県や市区町村の、家や会社やそのほかさまざまな集まりの民である以前に。そのことを忘れないためにも歩こう。

おれたちの今の生活を形づくっているもの。その多くが、おれたちと世界との絆を忘れさせようとするものだ。生活は便利になったが、その代わりにとてつもない孤独の闇を心に抱えることになったのが、現在のおれたちだ。だからこそ歩こう。世界がおれたちのものであることを、いやおれたちが、世界のものであることを思い出すために。

健康のためとか、気分転換とか、そんな現世的で即物的な、ありとあらゆる価値を無視してただひたすらに、歩こう。