白昼夢中遊行症

ない

思い切ってゴンブリッチの『美術の物語』を買ったんだが、あまり読めていない。
いや、あまり読めていない、どころかまったく読めていない。

何というか、余裕がない。時間はその気になればいくらでも捻出できるだろうけど、とにかく余裕がないのだ、こうしたおもしれーものを読むのには。

なんであれ、物事を楽しむには余裕が必要だ。楽しみだけのためのものに接するには、余裕がなければならないのだが、その余裕がまったくないので、まったくもって楽しいこと触れることができない。

余裕がないとどうなるかといえば、何にも考えなくていいような、動画ばかり見るようになる。若者には余裕がないから、動画ばかり見るのだ。それも、映画とかアニメとかドラマとか、そういうんじゃなくて、もっと中身のないものを。あるいは何度も見て、それゆえに刺激のないものを。

そうだ、刺激を避けているのだ。楽しいことというのは刺激的だが、刺激を受けるとそれなりに疲れるような気がする。実際はそんなことないのだが、そんな気がするので、刺激を避けようとするのだ。そうして、刺激のないもの、単調なもの、思考を鈍麻させるもの、そうしたものに引きこもって、時間をやり過ごすのだ。そうしてますます疲労して、ただただ人生が過ぎていく。なんとなく、エンデの『モモ』を思い出す。そういえば、職場でこの本の話を誰かがしていたっけ。おれもまた、読み直してみるべきなんだろうか。

いま読んでいるのは、高橋源一郎の『銀河鉄道の彼方に』だが、これもしんどい。いまはこれしかないので、頑張って読んではいるが、これをちゃんと読める余裕がない。日に日に頭の回転が鈍くなっているように思う。身体の方も、あんまり万全ではない気がする。もっと運動しないと。自転車にも乗りたい。けど、もう寒くなりすぎた。すこし前に、ちょっと組み立て直してみて、組み立て方とバラし方は復習できた。タイヤもパンクしていなかったらしい。いや、チューブが固くなっていて、乗ったら弾けるかもしれないが。とはいえ、乗るとしたら今くらいが最後のチャンスか。どこかへ行きたいわけでもないし、行くべき場所もないけれど、どこかしら乗って行こうか。とはいえこうした活動にも、余裕は必要で、おれにはそれがなくて。

そういえば、もうこんな時期だから、来年の手帳とか、もう売ってそうだな。そう思って、今年の手帳を開いてみた。半分も使ってねえや。
手帳、使わないんだよなあ。特にカレンダー、使わないよね。
なんとなく、手帳に色々書いてみたけど、万年筆のインクも乾き気味でガリガリしていた。楽しくない。
楽しくないから1ページしか書かなかった。
いっときは、百数ページくらいのノートを2, 3ヶ月ごとに書き潰していたんだけど、今じゃそんなこともない。余裕がないからかな?

あーあ、楽しくないなあ。楽しくないって言ったからって、何も変わらない。何も楽しくならない。ならば黙っているべきか? 黙っていたからって、何も変わらない。何も楽しくならない。ではどうするべきか? 楽しくなるべきか? どうやって?

明日天気になれ。
もっと楽しげないい天気に。
もっとご機嫌に
庭駆け回るような天気に。