白昼夢中遊行症

うまく付き合えないのなら無理して付き合う必要はないってのは人間関係と同じですね。

と、とってつけたようなタイトルを最後にとってつけて、記録にもなっていない日記をそれらしい教訓のある話のように見せかけるが、事実、ここに書いてあることがらは書いた本人からしても意味不明である。

最近は酒を飲まないし、飲みたいという気も起きないのだが、今日はなんだか気の迷いでも起こしたのか、安ワインを買ってきてしまった。ワインのいい所は、なんだか体にいい気がするという点で、他のいかなる酒も、いや、アブサンとかイェーガーマイスターとかもあるか、まあ、ともかく、なんか体によさそう、それに、割と安値でも買えるという点で、特有の魅力がある。味など知ったことではない、というわけでもないが、味のよい酒を楽しもうなんていう考え方はどこかに置いてきてしまった。というか、そういう考え方がどっかにいって以来、すっかり酒を飲む気も失せてしまったのだが、それでも、おれを飲酒へと駆り立てるもう一つの欲求、つまり、いやなことを忘れてしまいたいとか、神の言葉を聞きたいとか、そういった欲求がいまだにくすぶっていて、それが何かの拍子に燃え上がったとき、まあ、ワインならなんか健康にも良さそうだしな、みたいな気持ちに後押しされて、その結果として酒を買ってしまうのである。しかしこれは明らかに失敗である。ワインを飲まなければ、今日は早く寝られる日だったのに、一度空けた酒は飲みきらないといけないという強迫観念がおれを寝かせてくれない。そのうえ、久々の飲酒のせいか、変に回って頭が痛いばかりではなく、なんだか気分も悪い。高揚感も特になく、神の声も聞こえず、高次元への接続もままならない。

今日は失敗した。無駄金を使ってしまった。いや、酒の購入時に最初に目をつけていたのは3リットルのボックスワインだったので、それをやめて、次に目をつけた10合入りの紙パックもやめて、500円しないチリワインにしたという点では、比較的に抑えられたといってもいいかもしれない。しかし、そんなはした金よりも大事な、睡眠時間が奪われてしまったという結果は見逃すことができない。ここ最近は特に、生活が乱れていて、今日は7時半に寝て11時に宅配業者の訪問で目を覚ました。こうした生活をちょっと見直した方がいいよな、と思っていた。今日は今週するべきことを一通り終わらせた後だったので、その気になれば日付の変わる前に眠ることもできたのだ。しかし、時間があるのなら酒でも飲んだらどうかな、とかいうおれの声にそそのかされて、まんまと酒を買って、だらだらと飲んでいたらこの有様だ。まずくはないがうまくもなく、ほろ酔いの心地よさは感じるまでもなく通り越し、頭痛と吐き気にさいなまれて、無為に時間だけが過ぎていく。気づけば空がだんだんと白みはじめる頃合いだ。新聞配達の原付の音が聞こえてくる時間だ。

もったいないが、200mlほど残ったワインをシンクに流す。酔いが少しでも醒めればと、冷蔵庫にあった野菜ジュースを飲む。少し頭の痛みがましになった気がした。ワインに合わせて、だらだらと米菓も食べていた。意識が冴えているように感じていても、判断力が鈍っていたらしい。おれには自分で胃の内容物を戻すとかいう、古代ギリシア人みたいなまねはできないので、余計なものを食べた胃のむかつきは耐えるほかない。食べ残している開封済みの菓子は捨てる。ワインもそうだが、飲食物をこのように扱うのはあまり気の進むことではない。しかし、気が進まないからこそ、当分の間同じことを繰り返さないために、こうした処分が必要なのだと考えている。それに、飲食店でのバイトで、食べ物を粗末にしない人間の少なさは十分すぎるくらい学んだ。そんな中でそうした美徳を守るなどという馬鹿馬鹿しいことはやっていられない。道徳や法律を守り、正しく生きることが、うまく生きるということではない、ということも同じバイト先で学んだことだ。バイト先で学んだことだ、とかいって責任転嫁するのも、そこで学んだことの一つかもしれない。とはいえ、この悪徳はおれ自身の悪徳であるだろう。誰に教わったものであれ、身につけた習性の悪さは当人に帰せられるものである。

そもそもこの世に存在していることがいけないのだ。この世に存在してしまっているから、その苦痛に耐えかねたとき、それから逃れるために人は酒を飲むのだ。わたしがそこにいて、私が私としてそこにいて、私が私としての人生を生きているという事実。この私という感覚、私が存在しているという忘れがたい感覚を忘れてしまいたいから酒を飲むのである。と、おれは一体さっきから何を言っているのかよく分かっていない。頭が回っていない、まだ目は見えているが、視界に映る叔父列が意味をなしているとは到底思えない、こうして次々と入力されている言葉たち、これらにいったい何の意味があるというのか。せいぜいおれの混乱を記録しておく位か。

私とは一体何だ? 一つの経験、一つのプロセス、一連の記憶、一つの統一体、一つの運命、一つの実在、一つの世界、一つの孤独、一つの時空ワーム、一つの現象の主体、性質の具体例、一つの主観、……よそ者、機能不全、出来損ない、やぶれかぶれの人間、悪い夢、橋の下で拾われてきたと親に言い聞かされて育った人間、残りかす、ネモ船長、生活、具体的個物、木偶の坊、夏に取り残された人間、夢見がちな人間、ドラえもんが来なかった世界線の友だちもおらずピーナッツを放り投げて食べるやつと早撃ちとあやとりが得意というわけでもなくひとの不幸を願いひとのしあわせを妬む不眠症のび太くん、一人称を持たない人間、便宜上「私」と称するだけの人間、脈絡のない断片の寄せ集め。ちょうど、ここにある文字列のような……

一体さっきから何を話しているのか分からない。外は雨が降ったりやんだりしている。エアコンは最近掃除して、かび臭い空気を送り出してこなくなった。意識ははっきりしているが、思考がまとまらない。しかし、静寂に耐えかねて、こうしてキーボードを思いつくままに叩いている。いや、思考にまとまりがないのはいつものことだ。

空はすでに明るく、もう眠るには早すぎる時間だ。